2023.03.01 column

製造メーカーで問屋で、なおかつ流通全てを持っていて知っているというところが一番違う。

めんの旭屋/鈴木社長

この記事で書いていること

めんの旭屋/鈴木社長にインタビュー

Q:アメカゼさんと一緒にお仕事をするきっかけはどういうことだったんですか?

鈴木社長 復興庁さんのプログラムということで、浜通り地区だけじゃなくて福島県の企業を応援という、その中の一環として、プログラムのコンサルタントがきて、約3年ぐらい色々指導してもらったんです。まだそのプログラム自体もどういう方法がいいのかって、試行錯誤の時期でした。その中で芝田さんが関わりになってから、急激に、当社もそのプログラムに対して接し方がすごく変わってきましたね。

何が一番違うかというと、製造メーカーで問屋で、なおかつ流通全てを持っていて知っているというところです。自分メーカーなんで、その先のことは知らなかったんです。エンドユーザーも知らないし、今思うと、問屋の付き合い方ぐらいしかわかってなかったと思います。しかし芝田さんの場合には、メーカー、なおかつ問屋、なおかつ店舗を持っている。全て総合的な判断ができる。コンサルであり、店舗プロデュースもするから、商品の形態とかこだわりとかもわかっているというのは、今まで自分が付き合った中ではいませんでした。そのあたりから全面的に変わりましたね。商品開発の考え方が。

Q:時間軸を戻すのですが、復興庁のプログラムを行った時に、悩んだり、不安に思ったり、解決したいことはありましたか?

鈴木社長 一番は売上が落ちれば赤字になりますから。会社存続、社員の雇用にも響くので。売上もうそうですけども、ずっと営業赤字だったんで営業黒字をどうしたらいいのかっていうのを考えていました。
まず、売り上げ上がるんだったら商品開発して、新しい商品を世に出して販売して広げること。広げるとなると問屋さんを開拓しなければならない。自分らの前の商売だと問屋さんの情報があまりにも田舎でやってたんで、少なかったんですよね。
そのプログラムで教えていただく部分でこういう商売があるっていうのは、芝田さんから聞いて発起した部分が大きいですよね。商売としてでも大きいですし、商品、売価、形態、そう言うのは大きいです。

Q:芝田社長は、復興庁のプログラムで最初会った時、旭屋さんのことをどう思いましたか?

芝田社長 最初、プログラムの事務局も鈴木社長電話出てくれないって言ってるし、鈴木社長もプログラムはなあって感じでした。時間が無駄だって、鈴木社長は、辞めようと思っていそうなぐらいの感じでした。噛み合っていなかったですよね。

Q:芝田社長から見てどの部分が噛み合っていないというのがありましたか?

芝田社長 やっぱり東京からコンサルタントが来て、こんな商品どうですか、あんな商品どうですか。で、反応は百貨店でどうですか、みたいな話ししてるわけですよね。百貨店の時代はもういつ終わったんだと思ってんだよ、みたいな感じなんですよね。だから、いろいろな中継ハブは独自に持っていないので、開発しっぱなしで終わってしまうという感じでした。多分他のメーカーさんにも開発してくれって言ってアドバイスして。まあそれはできるけどもで、プログラムで決まったところは、とりあえず1回ぐらいでしたね。
大きい百貨店から出向してきた人たちがいるから、その百貨店には1回並ぶ。結局、復興庁に報告する実績の報告書は出来上がりますよね。商品開発しました、百貨店に並びましたって。立派な報告書が出来上がるけども、結局、事業者さんは大した売上も上がらないし、作った資材どうするんだとかっていう不満がありますよね。そのあと売ってくれるわけでもないですから。

やっぱりそこが噛み合っていなかったんだと思いますね。うちのメーカーもコンサルやるとかって言ってきたこともあるし、それこそうちにもね。だから、基本的には事業している人たちが、旭屋さんが自分で商品開発して、その後も新しく作った反応に物が流し続けられるようじゃないと、意味ないなあと思いますよね。

鈴木社長 確かにすごくそう思いますね。どこかの百貨店の偉い人が退職してプログラムに入ったんです。百貨店には、福島フェアで並ぶんですけど、それっきりでなんです。入るのは面倒くさいのにそれっきりであとがない。いかにも俺の顔ですぐ入るようなことばっかり言っているから。知り合いの社長もプログラムを毛嫌いしてしまいました。もう門前払いってところが結構あったんですよね。
だから、やっぱりスタートの頃ってどうしても色々ありましたね。

芝田社長 地元と地元同士で一緒に売ってきましょうよ、とかって話になるけど。やっぱり社長が言っていた通り、百貨店のOBの人がうち知っているから入れてやるよ、みたいなね。そういうコンサルはいらないよってやっぱり思いますよね。

そういうコンサルって日本探してもいないと思うんですよ。

Q:芝田社長とお会いした時にすぐにコンサルを申し込まれたんですか?申し込むにあたって不安や、迷いがありましたか?

鈴木社長 いや、迷いありますよ。パッケージングで、自分ら袋タイプでフードパックタイプをやったことないんで、これ売れるのかなーって。やっぱり今までのプログラムの過程があったんで疑問があったんですよ。でも自分らの知識と、やっぱりこうお店を持ってて販売してる知識が違うじゃないですか。価格帯とこの商品で競争はいけないって。その辺の知識の違いが今までのコンサルとかと全く違うので、その辺は大きかったですね。

その中でも、まず価格帯が分かる、で競争相手の商品って、この商品だったら他の競合他社がいない商品だっていうのが、店作りをやっていて店の商品をレイアウトしているから、もうずば抜けて分かる。そういうコンサルって日本探してもいないと思うんですよ。

Q:芝田社長は最初にどういうアドバイスをしたら旭屋さんにいいというのは、すぐに浮かんだのですか?

芝田社長 そうですね、売っているのが麺だったので。麺って市場が大きい。市場が小さいニッチを売ろうと言われると、それは苦労しますが、麺は市場が大きいんで、切り口を変えればいいんじゃないかなとは思いました。

Q:鈴木社長から店の中での経験というお話が出ましたが、どういう経験が生きたと思いましたか?

芝田社長 日々、全国から麺のサンプルが送られてきて商品見るので。その中で売れると思ったけれど売れなかったものもあるし、こんなの売れるかなと思っても売れたものもあるし。それの蓄積というか経験でしょうか。これだったら売れるかなと鈴木社長と話したのが最初ですよね。

Q:芝田社長が鈴木社長のお話を聞いて、ここは直せば一気に行けるとか、ここはこういう風にしていけば、というのはすぐに浮かんだのですか?

芝田社長 最初に鈴木社長に会ったときに、もう新商品は作りたくないと。むしろ販路だけ教えてくれって言われました。やっぱり社長の不信は、新しいものを作らせるという所に、プログラムのやり方があったからだと思うんです。新しいものを作るっていうよりは、パッケージングを変えるだけで、まず販路を変える状態でやってみませんかというお話をしました。

Q:鈴木社長的には最初お話を聞いた時に、これは任せてもいいかなと思ったのは、どういう話やイメージかは覚えてますか?

鈴木社長 イメージ的には、フードパックで作ること自体がちょっと抵抗がありました。しかし実績として売上げが伸びると、この商品ありますかって、一流メーカーから電話がかかってくるようになったんです。その辺の驚きがありました。疑心暗鬼ながらも売り上げが伸びてた事が、やっぱり一番の信頼に繋がりましたね。

Q:それはどれぐらいの期間で見れたんですか?

鈴木社長 あっという間でした。1年かからないくらいで数字がはっきり出たんで。そんな急激に伸びることは今までなかったんですよ。大体伸びれば頭打ちになるのがそれまででしたが、売上が落ちなかったんですよね。Bー1グランプリ優勝した時でさえ、バーっと伸びてがーっと落ちましたからね。季節で波はありますけど、今は、主力の焼きそばに関しては、毎年毎年伸びてます。

Q:今いい話しか聞いてないので、例えば、もうちょっとこれをしてほしいと言うのはありますか?

鈴木社長 いや、もうちょっとというよりも、やはりうちらは製造のことでいっぱいなんです。何年かに一回見直ししなきゃいけない時に、今現在、3年か4年ぐらいになりましたが、最初に作ったフードパックのリニューアルとか商品改革を考えてもらおうと思ってます。ちょうど10月に値上げしたタイミングだったんですが値上げしてから、やっぱりガクッと売上落ちたんで、ちょっと手直しの時期かなと思っていてます。その辺のアドバイスも今後聞いていきたいと考えています。

市場はあるところ、でも大手がカバーできてないところをある程度見つけて、そこに商品を持って行くのが効率的だと考えます。

Q:鈴木社長から見て、こういうお客さんは芝田さんに絶対アドバイスもらった方がいいって言うのはありますか?

鈴木社長 いや、食品製造はみんなもらったほうがいいですよ。家業のとこは貰った方がいいですね。

インタビュアー 逆に、こう言う人は合わないだろうなって言うのは浮かびますか?
鈴木社長 分からないけれど、大手はちょっと系統が違うんじゃないですか。

インタビュアー 鈴木社長が考える大手と、社長の所の考え方の違いはどういう所ですか?

鈴木社長 あちらは市場を作ることができますから。新しい商品を作って市場を作ることが大手はできます。うちらは市場を作ることができないんで。無いものを教えていただいて、価格帯も教えてもらって、その価格帯でうちの会社が粗利とれるなら。天と地ですね。うん。

芝田社長 市場を作るのは本当、お金と時間がかかるから。市場はあるところ、でも大手がカバーできてないところをある程度見つけて、そこに商品を持って行くのが効率的というか。ご飯にかけるシリーズはすごくいっぱいあるけど、ソース味をかけるっていうのはないんです。

Q:社長たちでどういう風に今後関わって行くかという考えはあるのですか?

芝田社長 はい。それこそ通販伸ばしたいって相談を受けたり、新商品も。さっき言った焼きそばのリニューアルの話も言っていたり、関連商品をどんなのを増やすかとか話をしてみたり。関連商品もそれこそ会津の江川米菓店にお願いしてソース味のふりかけ作ってもらっていたり。あと、この前ソース鍋の素っていうのを出したんです。

鈴木社長 これはさすがに。あの、やってもいいのかなと思うんですけど。まずはあのふりかけ。自分の会社だけではやっぱりどうしても力がないんで、どっかの会社とくっついてやらしてもらうっていう。うちでOEMやれるんだったら何でもやります、という姿勢がいいのかなって感じています。

Q:どういう風に伸ばしていくなどのビジョンは出来ているんですか?

鈴木社長 毎年事業計画は作ってますけど、そんなにうまくいくわけがないんで。去年も通販は到達しなかったんです。それ以外の新しい部分、新しい商品がなんとかぼちぼち動くようになったんで、そっちにも力を入れていきたいなと思ってます。

鈴木社長のように、売上が必要な人とは話があいますよね。

Q:こうなってくると、新商品は毎年のように出していきますか?

芝田社長 出した方がいいんじゃないかと私は思っているんですけれどね。なみえ焼きそばという柱が社長のところにはあるんで。柱がないと作れないんで。でも柱があると横にくっつけて、ふりかけや何くっつけてって言っても柱が強いから。その柱とその周り戦略で当面はまだ色々いけると思うんですよね。麺も味噌ラーメンないな、味噌ラーメンやりましょうよっていう話を。フードパックで更にやりましょうと話してるんで。その柱のなみえ焼きそばがね、こうちょっとダメだよってなったらまた別の柱の話だと思うんすけど。当面は、あと10年20年は柱は変わんないんじゃないかなっていう。

鈴木社長 ただ、パッケージが変わっただけ、それで伸びるっていうことは、結構太い柱かなと。そのままで60年近くのあった商品ですけど、全国に知られてから売上があがって、その後半分になって、それでもまだ浮上するっていうことは、岩盤は大きいなって自分で思ってます。

Q:歴史をある程度持っているところが相談に来ること多いですよね。

芝田社長 社長みたいにある程度会社としてないと。復興庁のプログラムで、個人っぽい人もいるんですよ。そうすると、個人の人は売上が必要ないから、自分のそばの道の駅で一日10個売れればいいんですという人もいるんです。でも我々は工場と、流通とってやっているから、売り上げを求めていない人と話をすると、ゴールに辿り着かないんですよね。社会的PR商品作りたいんです、みたいな人とは話は全然合わない。やっぱ売り上げ上げないとっていう。鈴木社長のように売上が必要な人とは話があいますよね。


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